正規ヒロインはあちらです! / 第5話 それぞれの胸の内と外周警護

正規ヒロインはあちらです!05

身長149cmチビッ子だが、小さいと言われると怒る。胸は大きめ。口が悪くて生意気。 / 2026.10.12

それぞれの胸の内と外周警護

午後の光が、月詠本家の各所に斜めに差し込んでいる。

【朔】

《影》の詰所。壁に背を預け、マスクを外していた。

朔(……「別に、お前はお前のままでいい」)

朔(何だあれは)

天井を見上げる。木目が歪んで見えた。

朔(薬を置いた。飯も置いた。紙まで書いた。……何年同じことやってる)

朔(あいつが任務で血だらけになって帰るたびに、飯を用意して、傷薬を置いて。それが俺の役目だって思ってた)

朔(誰もあいつに興味を持たない。祝福のない黒髪。穢れ扱いの《影》。だから俺が面倒を見る。それだけだ)

拳を握る。

朔(——そのはずだった)

耀の顔が浮かぶ。金髪。琥珀の瞳。
あいつの視線が、ゆめの霊力を、ゆめの顔を、面白そうに眺めていた。

朔(八咫の当主が霊符を渡した)

朔(朧が髪を掴んで、顎を掴んで、首筋に扇を当てた)

朔(巫が「また話を聞かせて」と言った)

朔(……たった一日で)

歯を食い縛る。

朔(誰も見ない、って前提が崩れてる。あいつは、見られてる)

朔(なら俺は何だ。「同僚」って言葉で、何を守ってたんだ)

昼の言葉が、また耳に蘇った。

朔(「素直で可愛かったら良かったのに」)

朔(……可愛くないと、誰が言った)

その思考に自分で気づいて、朔は壁に頭を打ちつけた。
鈍い音が詰所に響く。

朔(夕方には外周警護。……あいつの隣に立つ。それで十分だ)

朔(十分、だろ)

【耀】

来賓用の離れ。縁側に腰を下ろし、庭を見ている。

耀(月詠の当主、俺の目の前で巫を可愛がって、黒髪の警護を「穢れ」と呼んだ)

耀(面白いな。あの霊力を「穢れ」と言えるのは、節穴か、怖いか)

耀(——朧は後者だ)

指先で、縁側の板を軽く叩く。

耀(儀式の時、感じた。あの霊力は底が見えない。八咫の本家で測っても上から数えた方が早い。……俺を含めてもな)

耀(それが黒髪で、《影》で、報酬没収で、土下座させられて)

昼の処分については、従者が聞きつけて報告してきた。
一族の戦力を担う者への扱いとして、随分な話だった。

耀(月詠は何を飼ってるのか分かってないのか、分かっててあの扱いなのか)

耀(どっちでも、勿体ない)

霊符を渡した時の手を思い出す。
小さな掌。前線で戦う者とは思えないほど細い指。

耀(……渡して三十秒で使いやがったな)

口角が上がる。

耀(「もしもーし? 聞こえてる?」って。あいつ、あれがどういう札か分かってんのか)

耀(だが、本当に困った時にも使うかは別だ)

耀(朧に中指立てる女が、素直に助けを求めるとは思えねえ)

庭を渡る風に、金髪が揺れた。

耀(だから、見てて飽きない)

耀(ツキノ、だったか。巫。白髪に灰の目。確かに綺麗だ。「正しい」姫だ)

耀(……なのに、何で俺はあっちを見るんだろうな)

胸の奥に、引っ張られるような違和感がある。
巫の方を見ろ、と何かが言っている。

耀(うるせえな)

内側の違和感を、鼻で笑って押し潰す。

耀(俺が誰を見るかは、俺が決める)

盃の代わりに置かれた茶を、一口飲んだ。

耀(宴で、またあの黒髪の顔を見てやるか)

耀(土下座の後に、どんな顔してるのか——気になる)

【朧】

執務室。扇を閉じ、机に置いた。

朧(……謝罪は済んだと、ツキノ様から報告があった)

朧(それで終わりだ。穢れが頭を下げた。私の権威は保たれた)

指先を見る。

朧(——あの髪の感触が、まだ残っている)

朧(柔らかかった。黒くて、重くて、暖かかった)

扇を再び開き、口元を隠す。
誰も見ていない部屋で。

朧(何故、処分を軽くした。何故、あの目を思い出す)

朧(怯えない、黒い目。私を睨み返して——)

朧(……不快だ。不快なはずだ)

扇の奥で、朧の頬が熱を帯びていた。

【カガミ】

尋問棟。道具を拭いている。

カガミ(朔は壊れかけ、朧は熱を持ち、耀は面白がり、巫まで目を向けた)

カガミ(たった一日で、ね)

布を滑らせる手が、少しだけ止まる。

カガミ(……俺も、耳を触っただけで笑えた)

刃を光に向けた。

カガミ(あの子、自分が何をしているか分かっていない)

カガミ(そこが一番——危ないんだよね)

磨かれた刃に、細い午後の光が映った。

 

——やがて、歓迎の宴の時間が訪れた。

夕暮れが月詠本家の屋根を朱に染め、藍へと沈んでいく。

大広間には灯が入り、白い襖の向こうから雅楽の音が漏れていた。

白髪の一族が列をなし、分家の当主たちが頭を下げる。
上座にはツキノ。薄桃の正装に、白い髪を飾る銀の簪。

その隣には朧が座り、扇を手に、微笑みながら来賓へ言葉を返していた。

外周。庭の暗がり。

ゆめと朔は、灯の届かない回廊の端に立っていた。

朔「……静かだな」

視線は庭を這っている。

怨霊の気配はない。
あるのは、宴の笑い声と、箸の音と、遠い雅楽だけだった。

朔「中は賑やかで、俺らは闇の中。いつも通りだ」

ぶっきらぼうに言い、ゆめの顎を一瞥する。

赤い跡は、ほとんど消えていた。

朔(……塗ったか)

朔(飯も食ったか。紙、読んだか)

聞かない。
聞いたら、また余計なことを言いそうだった。

庭の砂利を踏む音がする。

警護ではない。
足音が、堂々としすぎている。

耀「おう。いた」

金髪の男が、庭灯を背に歩いてきた。

正装のまま襟元を緩め、手には盃。
宴を抜けてきたのは明らかだった。

耀「探したぞ。上座から見渡しても、黒い髪が一つもねえんだからな」

朔が半歩、前に出る。

朔「来賓は大広間へ。ここは警護区域です」

耀「怨霊が出たら困るから、警護の様子を見に来た。問題ねえだろ」

笑って、朔を横目で見た。
それから、ゆめへ視線を落とす。

耀「土下座したんだってな。巫に」

嬉しそうですらある声だった。

耀「で? どんな顔して頭下げた。見てなかったのが惜しくてな」

盃を傾ける。

庭灯を映した琥珀色の目が、ゆめの顔を捉えた。

耀(……跡がある。顎)

耀(ほとんど消えてるが、薄く残ってるな)

昼の処分の話が、頭をよぎる。

耀(朧か)

笑みの質が、一瞬だけ変わった。

耀「——ふん」

その時、大広間からざわめきが漏れた。

足音。
誰かが回廊へ出てくる。

ツキノ「耀様? どちらへ——」

薄桃の裾が、灯の中に現れた。

宴を抜けた耀を、ツキノが追ってきていた。

その瞳が耀の背中を捉え、さらに、その先へ向く。

暗がりに立つ黒髪。
隣には、昼と同じ白髪の《影》。

ツキノ(……また)

ツキノ(また、この人のところ)

笑顔を浮かべたまま、足が止まった。

朔の肩に、力が入った。

第5話 / 全13話
  1. 第1話 出会い
  2. 第2話 保護者じゃねえ
  3. 第3話 お昼休みとお呼び出し
  4. 第4話 謝罪は形だけ
  5. 第5話 それぞれの胸の内と外周警護
  6. 第6話 外周に集まらないでください
  7. 第7話 暇潰しとお土産
  8. 第8話 半歩先の相棒
  9. 第9話 宴のあとにお呼び出し
  10. 第10話 霊符越しの声と、近すぎる相棒
  11. 第11話 いつもの朔じゃない
  12. 第12話 超える一線
  13. 第13話 ここにいて