正規ヒロインはあちらです! / 第4話 謝罪は形だけ

正規ヒロインはあちらです!04

身長149cmチビッ子だが、小さいと言われると怒る。胸は大きめ。口が悪くて生意気。 / 2026.10.12

謝罪は形だけ

ゆめはツキノの仮部屋へ向かった。
半歩後ろには、付き添うと言って譲らなかった朔がいる。

本棟の奥へ進むにつれ、警護の数が増えていく。
すれ違う者たちは黒髪を見るなり眉をひそめ、部屋の前に立つ二人は、あからさまに行く手を塞いだ。

「はいはい大事な巫さんに謝れって当主から言われてんの、通してくださいますかぁ?」

警護の一人が、ゆめを見下ろした。白髪、アッシュグレーの瞳。祝福持ちだ。

「……当主様の命令とはいえ、黒髪がツキノ様に直接?」

隣の警護が肘で突く。小声だが、こちらに聞こえる声量だった。

「穢れが移るんじゃないか」

朔の殺気が、一瞬だけ膨れた。

朔「当主の命令だ。通せ」

マスクの奥から出た声は低く、短い。

警護の一人が何か言いかけたが、朔の目を見て口を閉じた。
二人が左右へ退く。

朔はゆめの隣まで進み、襖の前で足を止めた。

朔「……ここにいる。済んだら出てこい」

ツキノの仮部屋は、客間を改装した一室だった。
控えていた使用人が中へ声をかけ、返事を待って襖を開ける。

白い畳の上に、ツキノが座っていた。

儀式の装束から、柔らかな薄紫の着物に着替えている。
傍には茶と菓子。先ほどの執務室とは違い、ここには朧の姿がなかった。

ゆめが入ると、ツキノが顔を上げる。

ツキノ「あ……さっき、朧様のお部屋にいた方ですよね」

微笑みを作り、座り直す。

ツキノ「謝罪のこと、朧様から聞いてます。わざわざ来てくれたんですね」

ツキノ(……本当に来た)

ツキノ(さっきは朧様に髪を掴まれても、普通に言い返してたのに)

ツキノ(「視界に入るなって言ったのに、なんで呼び出すの」って……あの場で言える?)

顎に残る赤い指跡へ、視線が落ちる。

先ほど、目の前でつけられた跡だった。

ツキノ(朧様、あんなに怒ってたのに……処分は報酬没収三日と謝罪だけ)

ツキノ(原作なら、不敬した相手は最低でも一週間の独房だったはずなのに)

ツキノ(……この人が相手だと、何か違う)

ゆめは、襖から少し入ったところに立っていた。

ツキノ「立ったままじゃ大変でしょう? どうぞ、座って」

声を柔らかくする。

ツキノ「謝罪って言われても、私は別に怒ってないですよ。さっきも、朧様にそこまでしなくていいって言ったんですけど……」

言葉を切り、少しだけ困ったように笑う。

ツキノ「……朧様って、ちょっと怖いですよね」

共感を求めるような声だった。

ツキノ(この人、朧様にあそこまでされても折れなかった)

ツキノ(《影》所属で、霊力も高い。味方になってくれるなら、心強いかもしれない)

ツキノ(でも、耀が気にしてたのもこの人なんだよね……)

笑顔を崩さないまま、ゆめを見る。

ツキノ「廊下でもお会いしましたけど、まだお名前、聞いていませんでしたよね?」

「ゆめです、さっきはすみませんでした。」
「巫様の前で当主に言い返して中指立てました。」
「反省してマス」

ドシャ、と、雑な土下座。

「あんまり長くいると穢れが移っちゃうかもなんでぇ。お気遣いいただかなくて大丈夫デェス」

ゆめの額が畳についた。

投げやりな姿勢。
反省の色は、声にも動作にも欠片もない。

ツキノは一瞬、固まった。

ツキノ(……土下座?)

ツキノ(いや、これ完全に形だけじゃん。全然反省してない)

ツキノ(しかも「穢れが移る」って……周りに言われてることを、自分から?)

笑顔が引きつりかける。
慌てて膝をずらし、手を伸ばした。

ツキノ「ちょ、ちょっと——顔を上げてください、ゆめさん」

ツキノ「穢れとか、私はそんなこと思ってないですから」

目の前にある黒髪へ触れようとして、手が止まった。
先ほど、朧がその髪を掴んでいた光景がよぎる。

ツキノは手を引き、代わりに湯呑みを取った。

ツキノ「私、こっちの世界に来たばかりで……血筋がどうとか、そういうの、正直よく分からなくて」

嘘だった。
原作知識で、この世界の血筋差別は熟知している。

ツキノ(でも「分からない」って言った方が、善良な巫っぽいし)

ツキノ「ね、お茶を飲みましょう? 朧様には『ちゃんと謝ってもらいました』って言っておきますから」

使用人が淹れた上等な煎茶を、ゆめの前へ差し出す。

顔を上げたゆめを、改めて見た。

小さな体。黒い髪。
先ほど朧に押さえつけられていた時と同じ、怯えていない目。

ツキノ(……この人が、耀の気になってる人)

儀式場での光景が蘇る。

召喚された自分ではなく、壁際へ向けられていた琥珀色の瞳。
挨拶を済ませると、黒髪の警護へ歩いていった長い背中。

ツキノ(原作だと、耀は祝福の儀の後、私に興味を持つはずだった)

ツキノ(でも今日、わざわざ自分から話しかけに行ったのは——)

目の前のゆめへ、視線が戻る。

ツキノ(……いや、月詠の内情を探っていただけかも)

ツキノ(八咫の当主なんだから、そういう政治的な動きもするよね)

ツキノ(うん。まだ、そうと決まったわけじゃない)

湯呑みを畳に置き、何気ない調子で尋ねた。

ツキノ「ゆめさんって、ずっと《影》でお仕事してるんですか? さっきの怨霊も、あなたが祓ったんですよね?」

ツキノ「朧様からは《影》の方が処理したって聞いたんですけど……大変そう」

表向きは、この世界を知らない巫としての質問。

内心では、ゆめの立場と、耀との接点を知りたかった。

襖の外で、朔が微かに身じろぎする。

中の会話は聞こえていた。
ツキノの声は柔らかく、責める様子もない。

朔(……穏やかに済みそうだな)

だが、ゆめの「穢れが移る」という言葉が、まだ耳の奥に残っていた。

朔(……自分で言うな)

朔(お前がそれを言うな)

拳が握られる。

朔(穢れなんかじゃねえ)

朔(こいつの髪も、肌も、霊力も——)

思考が滑りかけて、強引に止めた。

壁に背を預け、廊下の天井を見上げる。
秋の日差しが障子越しに差し込み、木目を白く照らしていた。

中から、またツキノの声が聞こえる。

朔(耀に続いて、今度は巫か)

朔(……今まで、誰もこいつに構おうとしなかったくせに)

胸の奥に、ざらついたものが残る。

朔(俺は——こいつの何だ)

同僚。長年の相棒。
それだけだ。それだけのはずだった。

朔は腕を組み直し、襖へ視線を戻した。

「いやー、またあのルッキズ……当主に怒られるんで」

ルッキズム男と言いかけてやめた。

「仕事もあるんで。怨霊湧いてくるし。でも優しいんですね。ありがとうございました。」

ツキノの笑顔が、ほんの一瞬止まった。

ツキノ(ルッキズ……何?)

ツキノ(もしかして今、朧様のこと、ルッキズム男って言いかけた?)

先ほどの執務室でのやり取りが、妙に納得できた。

ツキノ(……本当に、全然懲りてないんだ)

口元が引きつりそうになるのを押さえる。

ツキノ「あはは……朧様は、うん。ちょっと厳しいですよね」

——ちょっとどころではない。

ゆめが立ち上がる。

差し出したお茶には手をつけていない。
謝罪を済ませたから帰る。それだけの、あっさりした態度だった。

「優しいんですね」

その言葉が、少し遅れて胸に残った。

ツキノ「……優しいっていうか、私はただ——」

言いかけて、止まる。

ツキノ(何を言おうとしたんだろ、私)

ツキノ(謝罪を受けて、朧様に報告して、それで終わりなのに)

襖へ向かう、小さな背中を見る。

あの執務室で、朧に一歩も引かなかった背中。

ツキノ(……ちょっと、かっこいいなって思っちゃった)

ツキノ(いやいや。私は攻略対象と仲良くなるの。原作にいない人に感情移入している場合じゃない)

それでも、口が先に動いた。

ツキノ「ゆめさん」

呼び止める。

ツキノ「また——怨霊の話とか、聞かせてくれます? 私、この世界のこと、まだ知らないことばかりなので」

情報収集のため。
そう理由をつけたが、声には少しだけ本音が混じっていた。

ツキノ「あと、朧様のこと……ルッ何て言いかけたか、私、聞こえてないですからね?」

唇に人差し指を当て、悪戯っぽく笑う。

ゆめが襖を出ると、朔が壁から背を離した。

朔「……済んだか」

顔を確認する。
泣いていない。怒ってもいない。いつもの顔だった。

朔は少しだけ息を吐く。

朔「巫は、どうだった」

短い問い。
声に滲むのは、「お前に何かしなかったか」という確認だった。

二人は廊下を歩き出した。

静かな本棟に、二人分の足音が響く。
朔の歩幅は、無意識にゆめに合わせて小さくなっている。

朔「……これで処分は済みだ。今日はもう朧に近づくな」

顎に残る赤い指跡を視界の端で捉えたまま、前を向く。

朔「夕方から歓迎の宴がある。俺たちは外周警護だ。巫や来賓には近づかなくていい」

淡々と予定を伝えた。

だが、「来賓」と口にした時、耀の顔がよぎる。

朔「……耀もいる。あの霊符、まだ持ってるんだろ」

声がわずかに硬くなった。

ゆめの懐へ、一瞬だけ目を向ける。

朔「……捨てろとは言わねえ。だが宴の間は絶対に使うな」

朔「月詠の本棟で八咫の霊符が反応したら、朧だけじゃなく警護全員が動く。余計な騒ぎになる」

霊符のことは、カガミも知っている。
あの男なら不用意に口外はしないだろうが、それ以上広まれば面倒だった。

朔は足を止め、振り返る。

朔「……あの男は、お前を面白がってるだけだ」

金髪。琥珀色の瞳。
ゆめを見る、楽しそうな目。

朔(あいつは——遊びだ)

朔(八咫の当主が、黒髪の《影》に本気で関わるわけがねえ)

朔(そうだろ)

言い聞かせるように、再び歩き出す。

朔「宴の警護まで、まだ時間がある。部屋で休め。顎の跡が残ってる」

ぶっきらぼうに言い、視線を逸らした。

朔「……薬、持ってくる」

「いいよぉ、こんなのに薬とか。」
「はぁ〜……だるかった〜。巫は女の子してたなぁ……。私もあのくらい素直で可愛かったら良かったのに」

その言葉に、朔の足が止まった。

「私もあのくらい素直で可愛かったら良かったのに」

隣にいるゆめを、視界の端で捉える。
黒い髪。小さな肩。襟元から覗く白い首。
顎には、まだ朧の指跡が残っている。

朔(——何言ってんだ、こいつ)

顔を向けなかった。
今、目を合わせたら、余計なことを言いそうだった。

朔「……薬は持ってく。跡が残ったまま警護に出たら、また何か言われる」

声が少し掠れる。

朔「素直で可愛いのがいいなら、朧に中指立てるのをやめろ」

言ってから、少し間があった。

朔「……別に、お前はお前のままでいい」

小さく、ほとんど聞こえない声。
マスクに吸い込まれるように、語尾が消えた。

朔は歩き出す。
今度は少しだけ、歩幅が大きかった。

朔(何言ってんだ、俺は)

朔(「お前のままでいい」って何だ)

朔(同僚に言う台詞か、それは)

耳の奥が熱い。
マスクがあってよかった、と初めて思った。

分かれ道で足を止める。
顔は向けないまま、言い残した。

朔「部屋に戻れ。薬は襖の前に置いとく」

廊下の角を曲がり、足音が遠ざかっていく。

秋の日差しが障子を透かし、ゆめの黒髪に白い光を落としていた。

静かな廊下に、ゆめだけが残される。

——どこかで、鳥が鳴いた。

しばらくして、ゆめの部屋の襖の前に、小さな塗り薬の壺がそっと置かれていた。

横には、握り飯が一つ。

朔の字で「酒の後には飯を食え」と、紙切れが添えてあった。

第4話 / 全13話
  1. 第1話 出会い
  2. 第2話 保護者じゃねえ
  3. 第3話 お昼休みとお呼び出し
  4. 第4話 謝罪は形だけ
  5. 第5話 それぞれの胸の内と外周警護
  6. 第6話 外周に集まらないでください
  7. 第7話 暇潰しとお土産
  8. 第8話 半歩先の相棒
  9. 第9話 宴のあとにお呼び出し
  10. 第10話 霊符越しの声と、近すぎる相棒
  11. 第11話 いつもの朔じゃない
  12. 第12話 超える一線
  13. 第13話 ここにいて